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ftmたろう せんせー道邁進中(タイトル仮)

暗い話

  • Posted by: たろう
  • 2018-06-24 Sun 21:33:33
  • 日記
こんばんは。最近はリアル生活が暗すぎてお友達が減ってきている(注:本人の主観)たろうちゃんです。いや、そもそもたろうちゃんにお友達がいるのかっていう…ダメッ!その件について突き詰めたら地球が爆発するわ!!←

*****

まぁそんな感じでですね、暗いんですよリアル生活が。笑 なんでかって、暗い思考が漏れ出てしまって、リアル生活の人にばれちゃっているからです。「病んでるの?」って声をかけられます。ええ、病んでますとも。
前記事と重複した内容で大変申し訳ないのですが、自分のことも仕事ものこともプライベートのことも色々なことみーんなひっくるめて思い悩んだ末の結論は「時間とお金をかけて変わったのは見た目と戸籍の性別だけで、自分が元女体生まれであるという嫌悪感は増す一方だ」と言うことに尽きます。僕は本来ならば生まれ持ってたはずの姿を、生後20年近く経ってから手に入れた。時間とお金をかけて手に入れた今は快適に生活している。だけど、出生に縛られて苦しい。背景はものすごくシンプルですが、そこからもうずーっと抜け出せないのです。もうね、ずーっとそのことだけを考えているの。
誰かにリードされたわけではありません。アウティングもありません。ただただ、漠然としたリードとアウティングへの恐怖感が募る一方なのです。
自分でも「馬鹿だなぁ」と思います。考えたって仕方ないことだと頭では理解している。だけど、考えてしまう。どうしようもない。過去はどうしようもないのに、それに固執している。固執している自分が悪い。無限ループです。

どうすればいいのか、それは分かりません。
いつかそれを割り切ったり乗り越えたりすることができるのか?
割り切って母の言った「長い人生」の方にウエイトを置くことができるのか?

生まれたことを悪いとは思っていません。これまでの人生において、生まれた家庭環境、家族関係、学校、同級生、部活の先輩後輩、バイト先、就職先…とても恵まれていました。いやだったことを思い出せないくらい、恵まれていたと思います。
そうならば。
一番悪いのは、自分の思考回路だと思います。自分自身の捉え方に関しても、気の持ち方に関しても。
すべて自分が悪いのです。


*****
はぁー暗いね!笑
たろうちゃんはとっても暗いです。どうしたもんかなぁー。もうどうしようもないかなぁー。それは困るけどなぁー。

先日某国営放送のLGBTに関する戦後史(?)を見て思ったのは「世間様のLGBTに対する認知度が上がっても、孤独は消えない」と言うことでした。あくまで僕の主観ですが。

はぁー。生きるって大変!!笑

結局GIDなんだなぁ

  • Posted by: たろう
  • 2018-05-06 Sun 21:19:20
  • 日記
東京レインボープライドをTwitterで検索しようとして#TRFと検索していたたろうちゃんですこんばんは。正しくは#TRPでした。どうりでsamさんとか小室ファミリーが云々…って言うツイートしかっでてこないわけだ。頭弱い…。

まぁそんな感じでぼちぼちやってます。仕事だけでなく、色んな事柄に対して「仕方ない」と自分に言い聞かせる日々です。それは決して絶望や諦めではなく、妥協です。仕方ない、仕方ない…と思いながら生きてます。自分ではどうしようもないことを割り切って生きることができてきています。やっと大人になってきた感じです。そう、たろうちゃんは大人の階段を登ってるのよ…///←

*****

新年度になって同じゼミ出身の方が弊校に着任しました。年齢が離れているので在学期間は被ってはいないのですが、その事実を知ったときにマッパツに思ったのが「僕がGIDだってこと、知らないよな…?」と言う疑問でした。自意識過剰としか言いようがありません。どんだけ自分が有名人だと思ってるの馬鹿じゃないのこのナルシストめっっっっっ!
でもね、きっと一生そう生きていくんだろうな、と思ったのです。一つ前の記事で
>自分がいつ当事者だとばれるんじゃないかという不安もどうでもよくなりました。
とか書いてるけど、あれ嘘です。いや、記事を書いた当時はそう思ったのかもしれないけど、今は違う。当事者だとばれる不安が年々増してきています。これまでの人生でリードされたとかアウティングされたとかいうことはないです。だけど、漠然と「元女性とばれたらどうしよう…」と考えては、勝手に震えてます。

僕はわがままで自分勝手で人の意見なんか聞き入れないし自分が納得しない限り折衷案なんか受け入れない頑固者で(人としてかなり欠陥だらけ…)、だけど他人から評価はとても気にする人で(気に入られたいわけではないことだけは注釈つけときます。笑)、非常に面倒な生き物なんです。今はせんせーとして頭一つ抜きん出るためにはどうすればいいかとスキルアップを目指しているわけですが、それでも漠然と「もし元女性だと言うことがばれたらそこに焦点を当てられてそうとか見られないのかも…」という不安に駆られるわけです。自分の中で年々大きくなる「元女性だと言うことがばれる恐怖」みたいなのが自分を覆い尽くすのです。それがとにかく怖い。どうしようもないことは分かってるんだけど。
「元女性」と書くと「お前に女だった時期あるんかw」と突っ込まれそうなので言い方を変えます。正しくは「元女体」であることがばれる恐怖です。女体生まれ故に女性(女子)社会を生きざるを得なかったこともあったし、生理が来たときに「もしかしたら男になりたいという意識が消えて今度こそ女の子になれるかも…!?」と思った時期もありましたが、自分が男であることに変わりはなかった。だから「元女体」がばれることが怖い。なぜ怖いかというと、「元女体」=「元女性」と解釈する人が圧倒的に多いと思うから。言葉遊びの範疇かもしれないけど、僕の中ではこの二つはイコールではありません。自分が女体であった事実は間違いないし消せないけれど、女性であったことは一度もないのです。でも、世間の評価はきっと僕の思っていることとは違う。もし僕がGID当事者であることを知られたら、「元女性」というレッテルが貼られる。それは本当に勘弁してほしい。それは辛すぎる。まぁ、女性とか女体についても解釈は人それぞれなのですが。
では自分以外の方のGIDについてはどう思うのか、と言うと、「GIDなんか関係ない。君は君だよ。」と映画か小説の決め台詞みたいな言葉も本心から言える。問題は自分自身がどう見られているかと言うことだけなんです。自分がどう思われているか、ばれていないかということだけが焦点となる。僕にとって元女体であった事実は自己評価を著しく下げる。GIDとして生まれた事実は過去の話だと思う一方で、現在進行形の悩みの種でもある。そう思うのは、僕がまだできた人間ではないからでしょうか。

まぁそんなことを考えながら、手術終わったって戸籍変わったって、ずっとGIDなんだなぁと思うのです。女体生まれである事実は自分の意図と反していても消せないし女体で生きた時代は僕の一部を作っている。それをなくしてしまったら僕の人生は紙より薄くなってしまう。思い出もなにもあったもんじゃない。そう思っているし、女性として生きた時代を否定はしない。
だけど、それが辛いことであり続けるのは心身に負担をかけるのです。ただただしんどいのです。

*****

まぁそんなこと言いながらね、自分ではどうしようもないわけです。だから「仕方ない」って言って割り切るしかない。後ろ向きのように思えるかもしれないけれど、これが生き続けるための最善策なのです。あくまで僕にとって、ですが。

はぁー。いつになったら僕はこの恐怖から抜け出せるのかなぁ。それとも一生このままなのかなぁ。
こんなことで悩んでる時間があったら睡眠時間か仕事の時間に充てたいなぁ。
とりま明日からもお仕事頑張るんば!←カラ元気

くたびれる

  • Posted by: たろう
  • 2017-08-07 Mon 23:38:14
  • 日記
毎度ご無沙汰のたろうちゃんです。誰よ、月イチ更新で生存報告しますなんて言ってたのは!←

初めての異動と何回目かの引越しを経験しまして、4月から新しい土地、新しい職場です。元気です、と報告したいところですが、そうでもありません。
初めての異動により、体がストレスを感じたのか(メンタルは全然平気だった)、突然の下痢に苦しみウイダーとポカリのみの生活を強いられたり、格段に膝をつく回数が増えて膝中に発疹が出たり、ぎっくり腰やったり…と、まぁ色々です。色々とぼやかすのはエピソードがあまりに個人的だからです。そこはご勘弁を。
まぁただの異動なだけで相変わらずせんせーをやっているわけですが、今の職場に来てから、せんせーという職業はなんなのか、正規採用という名のぬるま湯は改善されなくていいのか、専門性とはなんなのか…と考えることが多くなりました。
同時に、自分が現在せんせーとしてどこら辺にいて(もちろん基準となる尺度はないのですが)、何が強み/弱みで、何がわかっていなくて、何を勉強すれば子どもに還元されるのか…と自問自答を繰り返したりしてね。
そんな感じでぼんやりしている間に一学期が終わりまして、今は夏休みです。念のために申し上げておきますが、子どもの夏休み=せんせーの夏休みではないです。せんせーは子どもの夏休み中も働いていますよ。念のため。あ、もちろんお休みはいただけますが。

話を戻します。

そんなこんなで色んな事を深酒で溶けかけている小指の第一関節程度の脳みそフル回転で考えていたのです。でももちろん答えはでなくて、でも誰かを責めるのは間違いで(いや本当は首根っこ掴んで「お前教育舐めとんのか!?」と言いたい奴はいるけど)、かと言って自分一人でできることも限られていて…という感じです。答えのない問いを悶々と考えています。
やりたいことはあります。教材を作るのは好きだし楽しい。作る前のアセスメントを取るのが面白かったり、作っている間は子どもに渡したらどんな反応するかなぁ~、時間をかけた教材ほどウケが悪いんだよなぁ~なんて考えたりして、とても楽しいです。実際に反応が返ってくるのも楽しいです。それが良くても悪くても。
だけど、それだけじゃだめだよなぁ。ただ教材を提示して遊んでるだけで、「結果、力がつきました」的なのじゃなぁ。それは教育ではないと思うのです。

まぁなんか真面目に語ってる風ですが、多分本当に本気でやってるせんせーからしたら、しのごの言わずに動け、ってことなんだと思います。たろうちゃんはまだまだ甘いんだと思います。せんせーとして。

*****

最近はGID関連について、てんで無頓着、無関心になり、手術の時の記憶なんかこのブログを読み返して思い出したりして、なんかもうすっかり昔のことです。それだけ今の僕にとってはどうでもいいことだということですかね…?
そして、自分がいつ当事者だとばれるんじゃないかという不安もどうでもよくなりました。バレたらバレたでもいっか、的な。まぁよくないんだけど。今の状態から知られたら「元女性」というふうに見られるだろうから。絶対に。それはとても嫌なんだけど。今はそれ以上に「くそったれな若手のせんせー」と思われる方が侮辱的です。そう思われたらとても悔しいと思う自分がいます。
…とか言いながら、twitterで流れてくるLGBT検定なんてものに疑問を持ったり、当事者が講演会(?)で詐欺(高額請求?すみません、きちんと把握していませんが)をしていたりするのを見て、はぁ…とため息をつきます。
ブロブで話したか話していないか覚えていませんので書きますが、僕が母にGIDであるとカミングアウトした高校2年生の秋、「それ(GID)だけで生きていくんじゃないんだから、(治療の)先にどうしたいか考えてないとダメだよ。戸籍を変えた後の人生の方が長いんだから。」と言うようなことを言われました(詳細な文言は忘れてしまいましたが、趣旨はこの通りです)。
当時は「てやんでぇ!そんな教科書に載っているような小言なんか聞きたくねぇや!俺は戸籍を変えるんでぇ!」と意気込んでいましたが、実際には母の言う通りでした。戸籍を変えた後の人生の方が長い。

これは個人的な意見ですが、GID当事者であることを前面に押し出して生計を立てているような方は、一体いつまでそれを続けるのだろう…と思うのです。それで一生食っていこうと思っているのか、と。それで何ができるのか、と。
決して否定するつもりはありません。ただただ、疑問に思うのです。

それは実は特別支援教育にも共通するところがあります。それは「手段が目的になる」と表現されることが多いです。
例えば、手足の可動範囲や発語に制限がある児童生徒が電子機器のスイッチを押すことで、ボイスレコーダーを再生させて「おはようございます」「さようなら」と挨拶をしたり、作業学習の休憩時間にクラスメートにお茶を注いだりする場面があります。その時、電子機器のスイッチを押すことそのもを課題にすると、スイッチを押すことが「目的」になってしまい、その先に生まれる他者とのやりとりがおいてけぼりになってしまう。スイッチを押すことが「目的」になってはいけないのです。スイッチを押すことは「手段」であって、目指すものは、スイッチを押すことによって、注いだお茶をクラスメートが飲んで水分補給ができたり「○○さんありがとう」と声をかけてもらうことだったり、「○○さんおはよう」「またあしたね」と挨拶を介して学校内の人とコミュニケーションが生まれることなのです。
これをGID当事者の、GIDを前面に押し出した活動に置き換えます。
GID当事者が講演をすることが「目的」になっていれば、そこから得られるものは「GID当事者への理解」にとどまらないでしょうか。それも、講演するその方の実体験だけ。一例だけが多くの前例と思われてしまわないでしょうか。
もし、GID当事者が講演をすることが「手段」になっていれば、それが「マイノリティ理解促進」や「当事者目線で物事を考える視点の提供」につながらないでしょうか。講演者の語る体験が一例として挙げられ、それが多くのマイノリティや生きづらさを抱える人への汎用性のあるものにならないでしょうか。

僕は一時期、GID当事者であるという事実に自惚れて、「GID当事者先生として生きよう」と思った時期がありました。自分は“生きた教材”になる、と。本当にそう思っていました。
でも、そう思うのをやめました。理由は三点あります。
一点目は「自分が当事者であることを知られたくない」ということです。自分を守るためにその考えを捨てました。うん百万円も使って戸籍を変えたのです。それで出生性を晒す必要感は、僕にはなかった。
二点目は「そんなこと(当事者であること)が売りになるのか?」という疑問です。売りにならないと思い、戸籍訂正を終えてから当事者活動の一切をやめました。
三点目は(二点目に通じるところがありますが)、「それによって自分へのメリット、デメリットがどれだけあるか」と考えたときに、デメリットが圧倒的に多いと判断したことです。判断の元は、母親の言葉です。
「戸籍を変えた後の人生の方が長いんだから」

職場にはカミングアウトしていません。必要だとも思わない。もしかしたら大学の先輩・後輩関係で知っている人もいるかもしれない。だけど、それはそれでいいし(言いふらされたら死にたくなるほど嫌だけど)、それよりもせんせーとして成功したいと思う(何を成功とするかは人それぞれでしょう)。たろうせんせーとして成功したい。きちんとせんせーをしたい。

*****

まぁそんな感じで思考をこねくり回した結果、残ったのは焼いても膨らまないパン生地です。なんの役にも立たない固形物。
でも、淋しいとか残念とかとは思わない。

僕は母の言うとおり「戸籍を変えたあとの人生の方が長いんだから」の長い方に足を突っ込んでいるのかもしれません。
だからせんせーとしてどうあるべきか悩んでるのかもしれない。それが当事者活動に重きを置いていたら?それはわかりませんが、当然せんせーという立場は自ら捨てているでしょう。
GIDでは食べていけない、なぜならGID以外のことに当てる人生の方が長いから。

残りの夏休みを充実したものになるように過ごします。たろうせんせー、2学期にパワーアップして出られるように頑張る!

リードされてると思ってカムした話

  • Posted by: たろう
  • 2016-10-23 Sun 20:54:21
  • GID
ノンカムの職場の先輩と温泉行って浴槽内で珍子が剥がれたたろうちゃんですこんばんはお久しぶりです。ちょうど濁り湯だったので、珍子を水面下で全力で抑え、先輩に知られないように湯から上がって事なきを得ました。古い接着剤を使っちゃダメ、ゼッタイ。

職場で仲良くしている先輩(上記の珍子ポロリの先輩とは違う方)で、LGBT関連の話をする方がいまして、これまでも「…ftmってバレてる?」とドキッとしたことが多々あったのです。でも僕も知らんぷりして「へぇ~そんなご友人がね~」って適当な相槌を打ってやり過ごしていました。これまで何度かお話した気がするようなしないようなことですが、逆カム(実は女体生まれなんだよね~)は死ぬほど嫌なのです。男として生きたいから大学時代にバカみたいにバイトしてオペ云々をクリアしてきたんですもの、自分の努力を自分で否定するみたいだし、そもそも今の姿しか知らない方に女体生まれだと知られるのは嫌なのです。
しかーし、先日飲み会の席で「私の先輩と後輩に女の子だけど男の子って人がいてさ~性同一性障害って知ってる?」という《ゴール間際までボール運んでやったんだから、あとはお前がシュートを決めろよ》的な発言が先輩からありまして、私は確信しました、「バレてる…」と。
で、三日三晩悩んだ結果、「カミングアウトして、ftmだとリードされた原因を教えてもらって今後に生かそう。」という理由をこじつけて日にちと場所を相談して、先輩とサシでご飯に行きました。もちろん当日まで緊張で飯が喉を通りません(お酒はスルスル通りました←)
で、カムした結果、「えええええー!知らなかった~!」というお返事。つまりリードされていたわけではなくて、ただのLGBTフレンドリーだったのです…笑
「あんたはただの小さいおっさんだよ」的なことを言われて、安心したというか拍子抜けしたというか…まぁ僕の思い込みだったわけです。よかったよかった。
先輩は真面目な方なので僕がカムした理由(ftmとリードされることなく生きるための傾向と対策を立てたい)を聞いて色々コメントを下さったのですが、意外だなぁと思ったのは「後ろ姿の腕の細さが女性っぽい」という見方でした。ケツのでかさとか太ももの太さとかはさほど気にならなくて、腕だそうです。(※あくまでも個人的な見解です、念のため)

そう聞いたら…鍛えないわけにはいかないですよね!!笑
ということで大学ハンドボール時代を思い出して上腕の筋トレ頑張ります。先輩ありがとうございました。

今度はお尻

  • Posted by: たろう
  • 2016-08-04 Thu 08:58:03
  • 日記
病院のベットからおはようございますたろうです。また入院です。今日で4日目。肩の次は痔です。そう、ぢ。「ち」に点々つけたやつです。
痔との出会いは中3の夏。突然切れたのです。その瞬間すぐに脳裏に流れてきたのは「♩痔に〜は ボラギノォール(ピンポーン)」と言う某CM。これを買わなきゃ!と思ったのですが、当時女子中学生の格好をした少年は何重にも恥ずかしくて買いにいけず、母親に懇願しました「私の代わりに買いに行ってください。」と。そして母は買ってきてくれました「娘が痔で…」と薬剤師さんに相談して。
それから、切れてはボラギノールを買いに行き(今度は自分で買いに行きました)治って、また切れて…を繰り返していたのですが、近年ボラギノールでは治らなくなってきて、決死の覚悟でお医者にかかったところ「…手術ですね。」ガーン!また手術かよ!俺の夏休みはああぁぁぁ⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎
…と、色々考えたのですが、学期中にまた療休取るのも気がひけるので(よりによって理由が痔だし…)夏休み中にやっちまうことにしました。そんで今に至ります。夏休み中だから、年休にしてこっそりやっちゃおーと思ったのですが、水泳の授業は感染症予防のためにやってはいけない、と言われて、もう半分やけくそで管理職とか学年の先生とかに「手術するよ&プール入れなくてごめんね」報告をして回りました。「たろう先生また手術なんですって…」と言いふらす先生はもちろんいませんが、「あ、また手術なの…」とは言われました。もはやネタです。職員室で「たろう先生、今年の夏も山に行くの?」なんて聞かれても、何の恥ずかしげもなく「痔の手術で入院ですっ!」と素直に答えました。いいんだいいんだ、去年散々楽しんだから…。グスングスン…。
で、結局どんな手術をするのかよく分かってないで入院を迎えたのですが()、僕の場合は同じところを繰り返し切っていて、そこが治るたびに皮膚が硬くなり、穴が伸縮機能を失っていたので、よく切れるところを切除してなんかを挿れて縫って穴の伸縮機能を回復させると言う手術でした。腰椎麻酔(?)とやらで30分もかからないで終わり、「ほら。」と先生が見せてくれたのは、切除された患部。冬にCMでよく見る、ぱっくり割れ状態でした。「あーここを毎日う◯こ通ってれば痛ぇわな…」と手術をしてから手術の必要があったことに納得。で、感染症予防のために来週の中頃まで入院予定です。

で、ここまでは前置き。笑
あのね、術後患部から出血というか組織液のようなものが出てくるので、綿花ってやつを当てるんですよ。それがね、いつぞやの生理を想起させるのです。そりゃあんた、出てくる位置は違うし、色も濃くないけどね、こうなんか、暗い気持ちになるんですよ。パンツ下げる度に落胆、そう落胆という言葉がぴったりです。抗えないのはわかってるんだけど、受け入れられずにしんどい的な。今そんな気分です。これが3〜4週間続くんだと。しかも退院に向けて出血がひどくなるんだと。
だからね、FTMの皆さん!痔にならない方がいいです。僕のように患部の痛み以上に辛い気持ちになる方もいるかもしれません。これは精神衛生上よくないです。
…と言うお話。ちゃんちゃん。

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